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「遠野醸造物語」 地域の未来を作るクラフトビール

クラフトビールには、「地域の特産物を使って、おいしいビールが作りたい」「クラフトビールで街を盛り上げたい」という、ビール醸造家たちの熱い思いが込められています。

クラフトビールを知れば、その土地の風土と人を知ることができます。

同じビアスタイルでも、作る場所と人が違えば全く違う味ができるのがビールの面白いところ。作り手を知れば、もっとビールはおいしくなります。

風土と醸造所の個性が形づくる、おいしいビールを知る旅に出ましょう。

ビールで街を、もっと楽しく

岩手県遠野市は、半世紀にわたり日本随一を誇るホップの生産地で栽培面積は全国1位です。

もともと遠野は寒冷で冷災害の多い土地でしたが、ホップは寒冷な土地を好むというところに目をつけ、1963年に遠野市はキリンビールとの栽培契約を締結し、ホップ栽培の挑戦を始めました。

しかし、近年は高齢化や後継者不足によって、生産者が7分の1まで落ち込んでしまいました。

そこで、今、官民が一体となって進めているのは、「ホップの里からビールの里へ」というスローガンを掲げたビールの里構想です。

「遠野が面白い」私も、そんなうわさを聞きつけ、おいしいビールを求め、遠野でクラフトビール作りをする遠野醸造の代表・袴田大輔(はかまだ だいすけ)さんに取材をさせていただきました。

JR遠野駅から徒歩3分の場所に遠野醸造があります。元は酒屋だった建物をリノベーションし、2018年遠野醸造の「TAPROOM」がオープンしました。代表の袴田さんは青森県出身で、遠野でビールを作るために2017年に遠野に移住しました。

なぜ遠野でビールを作るのか?

袴田さんは、大学卒業後、ファーストリテイリングに就職。ユニクロで店舗マネジメントや新店舗立ち上げなどの経験を積みました。

店長経験など大きな仕事でやりがいはあるものの、袴田さんが感じたのは、大量生産されたものを売るということへの違和感でした。

自分で作り出したものを、カウンター越しに渡すことができる。そんな、クラフトビール作りのクラフト(手作り)と、人とのコミュニケーションを育むことができるところに魅力を感じて転職を決め、横浜にある醸造所で働き始めました。

袴田さんがクラフトビール に出会ったのは、大学時代、バックパッカーをした頃のこと。大学を一時休学し、世界30か国を巡りました。

「それまではビールといえば、居酒屋で乾杯に飲むもの、というくらいにしか思っていなかったんです。でも、世界中を回って見ると、ビールは土地によって作り方や飲み方が違うことに気がつきました。

それからバックパッカーのサブテーマが“訪れた土地でビールを飲むこと”になり、ラベルを集めたり、オクトーバーフェストに参加したり、旅を続けることで、ビールの奥深さを知りました。」

その当時は、ビールを自分で作るなんて考えてもいなかったそう。ただ、土地によりビールのおいしさが違うことを知った袴田さんは、就職後も、ビアバー巡りを続けるようになりました。

―遠野でビールを作ろうと思ったきっかけはなんだったのでしょうか?

「アパレルの会社を退職して、ブルワリーで働いていた時に、遠野でビールプロジェクトの募集を知りました。

当時、街全体、官民が一体になって、“ホップの里からビールの里を目指そう”という大きな流れがあり、自分たちも遠野でビールを醸造し、人々が集まる拠点となるような場所を作りたいと思いました。

そこで、ビールを製造することができて、その場でビールを味わえる。
そこで、街の人たちがビールについて学べて、県外からも人が集まり、コミュニティが生まれる。ホップの生産地だからこそできる拠点を目指したいと考えたのです。」

こうして、遠野醸造は作られ地域と人を結ぶ「コミュニティーブルワリー」として多くの人を集めるようになりました。

―自分の故郷ではなく、遠野への移住を選んだ理由はなんでしょうか?

「理由は二つあります。一つ目は、ホップの産地であることが大きいです。原材料をすぐそばで作っているので、生産者さんとのコミュニケーションを取りながらやっていけることに面白さがあります。

もう一つは、遠野にたくさんのプレーヤーが集まるので、さまざまな人と関わりながら、より大きな目標を目指していけることです。

ホップ生産者、地元のビールメーカー、大手ビールメーカー、行政、まちづくりの会社など、ビールの里を一緒に目指していく仲間がいたということが大きな理由です。」

この土地の記憶を受け継ぐ店作り

袴田さんは、2017年4月に移住をしてすぐに醸造所を併設したタップルームができる物件を探し始め、半年たってようやく現在の物件と巡り合います。

―お店を作る時に大切にしたことはありますか?

「お酒にまつわる場所の歴史を尊重して、かつての雰囲気を引き継いでビールを作るということです。

ここはもともと酒屋があった場所で、オーナーのおじいさまは、近くにあった酒蔵の杜氏(とうじ)をされていたそうです。そういったお酒にまつわる場所に出会えた時、ここしかないと思いました。

お店を作る時には、できるだけ当時使っていたものを残すようにしました。この床も当時そのままのものです。

壁に並ぶ照明も、酒屋の時にはディスプレイ用の照明に使っていたものを使っています。」

お店の設計に関して、できるだけ「地産地消」にこだわりたいと、木材のほとんどは岩手県の花巻市にある木材店から調達し、地元の林業を活かすことにしました。

天井板も剥がしてみると味わいのある梁(はり)が現れたために、途中で計画を変更してそのまま見せることにしたと袴田さんは言います。

また、「お店を作る過程から地域の人と共有して、地元の人に愛されるお店にしたい」という袴田さんたちの願いから、店内で使用するスツールはDIYで作れるようにパーツを設計。地域の方々と一緒にワークショップを行い、完成させました。

遠野醸造の新たな挑戦

2020年は新型コロナウイルスの影響で多くの飲食店が打撃を受けましたが、遠野醸造も例外ではありませんでした。

遠野醸造は「コミュニティーブルワリー」としての役割からも、お店に来て飲んでもらうというスタイル。コロナの影響でお店を一時的にクローズした時には、ビールが売れずに残ってしまったと言います。遠野醸造の持つ酒造免許では、ボトリングをすることができず、せっかく作ったビールを販売することができません。

そこで、手を差し伸べてくださったのは、同じ岩手県内にある「いわて蔵ビール」でした。

お客様に提供することができず、行き場のなくなってしまったビールを瓶詰めしてもらうことができ、ネットで販売したところ、瞬く間に売り切れとなりました。

袴田さんたちはそうした事態に直面したことで、「樽生以外の選択肢」を持つという考えに変わったといいます。

そこで、遠野醸造は、遠野に行きたくても行けない人のために、全国に配送できるようネット販売を始めることにしました。

「コミュニティーブルワリー」として、今ここで作ったビールを提供し、人々がビールを通して集まる拠点であること。そして、新たに始めた缶ビールの販売により、今すぐに遠野に行けない人にも、おいしいビールを届けること。

このコロナ禍だからこそ自分たちにできる可能性を広げようという、新たな挑戦が始まりました。

いざ、遠野醸造TAPROOMへ

取材を終えた私たちは、夜の開店を待って再びお店を訪れました。お待ちかね、遠野で飲む初めてのビールです。

おいしい!!ビールの香りがふわっと広がり、すっきりとしたのどごしと、柔らかさを感じます。ビールが飲みにくいという女性にも飲みやすい味わい。男性だけでなく、女性のお客様も多くみられました。

この場所で大切に作られたビールはのどごしがよく、飽きずに何杯でも飲めてしまう味。地元の人だけでなく、県外からも人が訪れていました。

カウンター越しに会話を楽しみながらビールで人がつながる風景。ビールの話を聞きながら、また、料理の話を聞きながら地元の恵みをたくさんいただきました。

豚モツのトマト煮込み

ラム肩ロースのたたき。遠野では古くからラム肉・ジンギスカンが人気です。

こちらは、スペインではビールのおつまみの定番として知られる「パドロン」。ビールの里のおつまみとして、遠野で生産されています。

ビールを飲みに旅に出れば、ビールを作る人から熱い思いを聞けて、その土地の恵みをいただき、風土を感じることができます。

遠野に来て「街は人が作る」ということを感じる旅となりました。ビールは、単においしいだけではない。人生に欠かせないもの、自由な発想で人と作り出していけるもの。

ここ遠野でしか味わえないビールと人のおいしい関係を、どうぞみなさんも体験しに来てください。

遠野醸造 TONO BREWING COMPANY
遠野醸造TAPROOM
岩手県遠野市中央通り10-15
0198-66-3990
定休日:火曜日
営業時間:月・水・木・金 17:00〜22:00
                   土  12:00〜22:00   /   日 12:00〜21:00

公式オンラインショップ
https://tonobrewing.myshopify.com/

取材・文 / さとう 未知子

*記事に掲載されている内容は、インタビュー取材時点のものとなります。