カテゴリ:

「ふたこビール醸造所」がつくる、ビールと地域の新しい風景

東京・世田谷の二子玉川にローカルクラフトビールが飲めるお店があります。

「ふたこビール醸造所」は、二子玉川駅から徒歩5分、玉川高島屋の裏手にある飲食店が立ち並ぶ路地「柳小路」にあります。運営するのはふたこ麦麦公社、代表を務めるのは女性ブリュワー市川尚子さんです。

ビールがきっかけとなって、二子玉川には様々なイベントや人とのつながりが生まれるようになりました。世田谷産のクラフトビールがつくりだした、新しい地域コミュニティのお話を伺って来ました。

きっかけは、ママ友たちと仕事帰りの「夕暮れ女子会」

柳小路にある商業施設の2階。「ふたこビール醸造所」の店内は、木をふんだんに使った空間に、川にちなんだ絵本や本が並び、居心地よい空気感を纏っています。ビールタップは7口と、その奥にある醸造タンクが普通の飲食店にはない「ものづくり」の存在感を醸し出しています。

オーナーの市原さんが、まずはビールを作り始めたストーリーから話してくださいました。

「もともと、ビールを作りたい、と思っていたわけでもないんです。仕事帰りにママ友たちと駅前で、ビールを飲んで晩御飯の買い物をして帰る「夕暮れ女子会」というのを日々の楽しみにしていました。

その中で、友人の一人から、『住民の夢をかなえるプレゼン大会』に出るけど、何か案はないかと相談されて、そう言えば、二子玉川にクラフトビールってないよね?という何気無い会話から始まりました。」

プレゼン大会は街づくりの一環で、「二子玉川で住民の夢を叶えよう」という企画。友人と一緒に出場することになり、特に凝ったパワーポイントで作成することもなく、手作り感いっぱいの発表にしました。

当初は発表するだけで終わりと思っていたのですが、プレゼンを聞いていた人たちから「良いね!」という声が多く、高く評価されることになり、具体的に企画を進められることになったと言います。

ビールは好きだけど作ろうと思ったことはなく、専門知識もないので全てが0からのスタート。市原さんは休日に醸造所やビアパブ巡りを始めるようになりました。リサーチを続けていくと「ビールがあるとこんなに仲良くなるんだ!」ということに気がつき、「飲む場所って何かが生まれるものだ」と感じるようになったと言います。

市原さんは、それまでの仕事も続けながら、休日は醸造所でアルバイトをしてビール作りを学びました。また、突然思い立って、ホップ栽培の日本一の場所である岩手県遠野市に出かけて行き、収穫の手伝いをすることもあったそうです。

そうやって、少しずつビール作りの知識を増やしていったという市原さん。その小柄な体から信じられないくらいのバイタリティーに溢れています。

また、「やっていることはすごく泥臭いことなんです。」という言葉からは、一つ一つを自分の手でつくりあげてきた市原さんの熱い思いが感じられました。

ビール醸造のできるお店をオープンさせる

ビールの製造には、「ファントムブリュワリー」と言われる、特定の醸造所を持たず、委託醸造により、様々な醸造所でビールを製造する方法があります。

初期の設備費用をかけず、醸造免許を持たなくてもつくることができるため、日本でもこの方法で醸造されているクラフトビールが多くあります。ふたこビールも最初はこの方法でビールを作り始めました。

ところが、実際に作り始めて市原さんが感じた課題は、当初は「二子玉川のビールを作る」ということで始めた計画なので、違う場所で作っていては、その思いが伝わりにくいのではないかということ。

「クラフトビールを作っていくことは、『誰が』『どこで』作っているかのストーリーが大切」と考えた市原さんは、次第に、いつでも自分たちのビールが作れる場所が欲しいと思うようになります。そこから醸造所を作るための物件探しを始めました。

ただ、その当時はまだクラフトビールに対する認知度も低く、「ビールを醸造したい」と言ってもなかなか受け入れてもらえず、物件探しは難航することになります。

そして、とうとう出会ったのが柳小路にある今の物件。クラフトビール計画が始まってから5年の歳月をかけ、2018年に「ふたこビール醸造所」をオープンすることになりました。

現在お店で出すのは、地産にこだわった、世田谷産ホップのクラフトビール 。「フタコエール」や二子玉川のシンボルツリーにちなんだ「ハナミズキホワイト」、近隣のコーヒー焙煎所ウッドベリーコーヒーロースターズとコラボした「コーヒースタウト」など。また、ビールに合うおつまみや料理の数々も十分な品揃えです。

ハナミズキホワイトのラベルは、地域の障害児童が描いた絵を使用。売り上げの一部が障害者アート支援に寄付されています。

コメントビールの3種の飲み比べセットとよだれ鶏

「ジューシーな鳥の唐揚げニンニク風味」。ふわふわな衣と鶏肉のジューシーな味わいが、言わずもがなビールにピッタリ。

また、市原さんは「世田谷ホッププロジェクト」と名付けてホップ栽培を行っています。 二子玉川という世田谷の高級住宅街で、「世界一地価が高く、世界一狭い」ホップ圃場(ほじょう)。近隣の方と協力して、自宅のお庭や空いている敷地を使ってホップを栽培しています。

瀬田の高級住宅街の20坪の敷地で作られる農作物の半分はホップ。そして、半分は麦と大豆の二毛作。大豆は「みそのわプロジェクト」と名付けて、タネから大豆を作り、味噌に仕立てて地域で振る舞いをするのが夢だと言います。

「おばあちゃんになったら、みんなで店番をしながら、半分はビール、半分は味噌汁を売りたい。」と楽しそうに話す市原さん。

栽培した麦は、ビールの原料となる麦芽にする作業が難しいため、子供が飲めるように麦茶として利用。地域の人と協力して自分たちの手でつくるビール。

小さなきっかけから始まったビール作りは、市原さんの手を通して大きなうねりとなって街の風景に溶け込んでいます。

ビール+α 「ビールと何か」を掛け合わせて街の新たな景色を作りたい

地域の人たちと協力して世田谷産ホップから作ったクラフトビールのその先には、もう一つ新たな景色が広がっていました。それは「タマガワブリュー」という名の、多摩川の水辺で豊かな景色をつくる、というイベントです。

ビールを醸造するという意味の「ブリュー」という言葉には、他にも、「お茶を淹れる、混ざり合う、悪巧みする」などの意味があります。

「タマガワブリューと名付けて、多摩川をたくらもうというところからこのプロジェクトが始まりました。それも、大きな仕掛けをするわけではなく、元々玉川にある風景に溶け込むようなイベントが良いと思っています。

いかにもイベントらしくするのではなく、例えば、たまたまその場所にいた家族連れが、何か面白そうなことをしているなと気軽に加わることのできるような感じが良い。それがこの二子玉川らしい形かなと思って、あえて大きいものにはしていません。」

これまでに行ったのは、多摩川で焚き木を燃やし、その周りでビールを飲み乾杯するイベント。また、このコロナ下でなかなか直接人と会って乾杯する機会が持てなくなったこの状況を「2020年コロナ下の乾杯風景」として残したいと、川に沿ってライン状に並び、ソーシャルディスタンスを保ちながら多摩川に向かって乾杯することも行いました。

ビールがある「一期一会の風景」をつくりだしていく様々な企みがつくられています。

「みどりちゃん号」と名付けられたふたこビールのキッチンカー。みどりちゃん号が、様々な地域のイベントにビールを運ぶ。

「ビールって色々なものに繋がるんです。なんでも合う、それがビール。料理にも合うし、風景にも合う。ビールと何かをかけ合わせると、新たな景色をつくることが出来ます。

私がやめたら終わりということではなく、私が最初の形を作る役目で、それを後の人に引き継いでいきたい、街にずっと残るものをつくっていきたいと思っています。」

20代はあれがやりたい・これがやりたいという、道のないところに夢があり、追いかけるようなこともあった。30代になると、自分が選んだわけではなくても、今、目の前にあることを、とにかく楽しんでやろうと思うようになった。

そう話す市原さんの描く「企み」はとどまることがなく、様々な「手に取れる夢」が膨らんでいました。ビールと何かをかけ合わせると、人を幸せにさせる何かが生まれる。

ビールがきっかけとなって、たくさんの人を巻き込み、地域のコミュニティが出来上がっている街の風景。今日も街のどこかで、出会った人が乾杯をしている。

そんな、日常の風景が日本全国で見られたら、それも一つの幸せのカタチのような気がしました。

ぜひ、街に出て、美味しいビールと出会える「ふたこビール醸造所」へ。今日も何か素敵な企みが始まっているかもしれません。街に出て、美味しいビールを飲みに行こう。

取材・文 / さとう 未知子

*記事に掲載されている内容は、インタビュー取材時点のものとなります。